トライリンガル目線での英語!子供の育て方 バイリンガル日記

国際結婚、バイリンガル子育て、海外生活、英語(または多言語)を主なテーマとして、筆者の体験をもとにした役立つ情報を発信していくブログです 

日本で窮屈に感じるのはなぜ!?海外生活を経て気付いた(特に子育て)で自由さを感じるコツ

日本で生活(とくに子育て)していて精神的な窮屈さを感じることはありませんか?

海外生活をしていると、日本を「理想郷」のように感じることがあります。

もちろん国にもよりますが、大抵の日本人にとっては生まれ育った国ではないところに住むということだけでも大変な面があります。

生活基盤を海外に移して10年弱、また日本に住んでしばらく経ち、「理想郷」としていた日本はあくまで幻想ということにも気づきます。

便利で快適な反面、幸せに気づきにくいのが日本生活。

日本生活は物質的には恵まれており、命の危険にさらされる心配も海外に比べるとありません。良い面もたくさんあります。

それなにの、窮屈さや生きにくさを感じるケースも多く、日本の良さに気付けない場合のほうが圧倒的に多いと思います。

個人の性格よりも、社会全体の問題なのかなと感じています。

なぜこんなことになっているのでしょうか?

今回は日本生活のメリット・デメリットをまとめながら、幸せに気づけない理由、そうならないためには?、を考えてみます。

 

 

海外生活


(前提として海外と比べた時)日本の生活の良いところ(メリット)

○物質的に恵まれており、美味しい食べ物(衛生面も安全)、便利なグッズ、完成度の高い品が簡単に手に入る(→必ずしも高級な品ではなく、安価なものでも良いものが手に入る)

 

○断水、停電などはめったになく、ライフラインに関する心配事はかなり少ない

 (工事などによる計画的な断水・停電の場合は、必ず事前に連絡がある)

 

○健康に問題があればすぐに病院にかかることができる

 (重い病気でない限り、医療費の負担もそこまでない)

 

○最低限の教育制度が整っている(最低でも義務教育の内容は学べる)

 

○街全体が圧倒的に綺麗、特に下水関連が整っており、トイレも綺麗

清潔で便利なショッピングセンター、商業施設などもかなりたくさんある

 

日本の生活の良くないところ(デメリット)

○上記の「メリット」が当たり前になってしまい、暮らしが特段優れていると感じない

 

○便利な暮らしの中にいると、その中でのささいなことが気になり、あら捜しをするようになる

 

○古くからのなごりで「みんな同じほうが良い」という意識が根底にあり、周囲と違うことが良いこととは捉えられにくい

→周囲の目を気にして生きると生活そのものが窮屈に感じられる

 

まとめると、

「(最低限の物質的なものは満たされており)暮らしが恵まれているケースがほとんどなので、暮らしをなんとか良くするという意識は少なく、どうでも良いことで比較する気持ちや、争う気持ちなどが出てきてしまいがち」

 

なのかなと思います。

 

いや、私の生活は恵まれてなんかいない!と思う人でも、

今日・明日をどう生きていこうかと考えるケースはかなり少数だと思います。

 

普通に心穏やかに住むまでが大変な国・場所だと、ただ穏やかに住むことそのものに、大きな幸せを感じられると思います。

周囲の人ともある程度支え合っている面があれば、余計ないざこざも起こりにくいです。

 

しかし、日本は自然災害が多いので、その点はデメリットだと思います。

(この記事はあくまで「(災害が起こっていない状態での)一般的な暮らし」を想定して書いています)

 

安全

気苦労の多い海外生活は、その反面自由がある!?

筆者が海外生活をしている最中は、このことに全く気が付きませんでした。

一旦日本に戻り、日本生活を再スタートしたとき、このことに気づきました。

 

海外にいるときは「人と違う」は大前提としてあり、最初から周囲とのスタート地点が違います。そのため、周りの人と自分を比べることや、周りを意識して自分の行動を考えることに全く意義がありません。

 

結果として、自分にとって何が必要かだけを考えて行動することが日常となります。

 

日本に来てしばらくすると、無意識のうちに「こうあるべき」「こういうときはこうする」という暗黙の了解を肌で感じるようになります。

とくに子育てをしていると女性は母親、男性は父親と言う枠でくくられる機会も増えます。

そこで特段意識していなくとも、周囲や社会的な考えにしばられることが増えます。

 

海外であってもこうしたことは少なからずありますが、海外に住むと日本人は「現地の外国人」となるため、現地基準での意識に縛られることは少ないです。

 

ゆえに、現地では「(精神的な面での)自由」があったのです。

【海外生活には気苦労も多いので、実際に住んでいる段階では気づきにくいポイントと思います】

海外生活ではこの「(精神的)自由」はあっても、外国人ならではの生活面の物理的な不自由さも多くありますので、海外生活が絶対に良いという意味ではありません。

【あくまで日本の生活では味わえない感覚】という意味です。

 

自由

この自由さを、日本での生活で少しでも感じるには?

あらゆる点で恵まれた日本の生活で、この海外生活のような「自由さ」などを少しでも感じられたら、多くの人がもっと「幸せ」を感じることができると思いました。

 

この「幸せ感」、筆者も日本に戻った一年目は今より多く感じられたのですが、だんだんと日本に馴染むにしたがって薄れてしまっています。

もっと感じるにはどうすれば良いか、

自戒の意味もこめてここでまとめてみます。

 

①まずは恵まれた環境をあたりまえと思わず、生活のあらゆることに感謝する

 降り注ぐ太陽

 きれいな空気

 水道をひねれば出るきれいな水

 止まることなく供給される電気

 通うことのできる病院 

 処方される安全で効く薬 

 整備された安全な道路 

 毎日の仕事 

 

などなど・・・

 

環境に感謝できてこそ、今自分が生きていることを奇跡のように感じられます

 

自然から始めると、後のほうに自分個人の環境がくると思います。

 

②自分にとって大切なものの優先順位を明確にする 

 1 家族と暮らすこと

 2 健康を保つこと 

 

といった具合に、何が自分にとって大切なこと、何があれば自分は幸せなのかを考えてみます

 

③周りのことは参考程度に聞く、周りのことを自分基準で考えない

 

上記の①②を積み重ねると、自分の軸のようなものがしっかりできてきます。

 

周りはその軸とはまた別の軸を持っているのだと考えると、自然と比べる気持ちがなくなってきます。

 

周りのことを自分基準で考えるのは、きわめて滑稽なことだと感じるようになります

 

ピンとこない場合は、周囲を自分とは「違う人種」だと考えると分かりやすいかもしれません。体のつくりも生い立ちも全く違うのですから、同じ土俵のうえに乗せて考えることの方が難しいです。

 

④周りの父親像・母親像は虚像と考える→自分と家族の心が求めるものを追い求める

 

 「日本」という国でくくると、民族がひとつだけに、どうしても巷で言われている父親像や母親像というものがちらついてしまいます。

しかし、実際に自分は誰の母親なのかを考えてみると、我が子の母親でしかないんです。

「隣の家の子が求める母親」になったところで、なんの意味もないです。

はたまた、「世間の言う良い母親像(?)」なるものを目指したところで、世間っていったい誰なのでしょうか?

実態の分からないものを求めたところで、苦しいだけであまり意味がないと思います。

上記の①②③をしたうえで、自分と家族にとってどうするのが良いか?を考えた方がよほど建設的だと思います。

 

これをすると、多くの子を持つ親が「精神的自由さ」を感じられ、同じ状況でもより多くの「幸せな気持ち」を感じられるように思います。

 

まとめ

この記事は、あくまで個人的にずっと考え続けてきたことをまとめた記事です。

個人的な意見なので、これが絶対とは言い切れませんが、もし子育てに窮屈さを感じている親御さんがいたら、ひとつの参考にしてもらえたらと思います。

 

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